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横浜中華街の歴史と占い

横浜中華街は、160年以上の歴史を持つ世界最大級の中華街です。単なる観光地ではなく、幕末の開港から震災、戦争という荒波を乗り越えてきた華僑(中国系居住者)たちの力強い歩みの歴史そのものです。

その成り立ちから現在までの歴史をわかりやすく整理しました。


. 誕生と形成(幕末〜明治初期)

  • 1859年:横浜開港 欧米の商人たちとともに、通訳や買弁(取引の仲介役)として多くの中国人が来航しました。

  • 「沼地居留地」からのスタート 当時、湿地帯で住環境が悪かった「横浜新田(現在の山下町あたり)」に中国人が集まって住むようになり、これが現在の中華街の原型となりました。

  • 信仰の拠点 1871年に「関帝廟(かんていびょう)」が建立され、商売の神様を祀るコミュニティの核ができました。

. 街の発展と「三把刀」(明治〜大正)

  • 職人の街へ 当初は貿易が主でしたが、次第に「三把刀(さんぱとう)」と呼ばれる3つの刃物を使う職業(料理人、理髪師、仕立屋)が定着し、職人の街として発展しました。

  • 「聘珍樓(へいちんろう)」の創業 1884年には現存する最古の中華料理店(当時は食料品兼業)が誕生するなど、少しずつグルメの街としての顔が見え始めます。

. 幾多の試練と復興(大正〜昭和初期)

  • 1923年:関東大震災 レンガ造りの建物が多かった中華街は壊滅的な被害を受けました。多くの華僑が帰国を余儀なくされましたが、残った人々によって再び街が築かれました。

  • 日中戦争と第二次世界大戦 1937年以降の戦争により、中国への帰国者が相次ぎ、1945年の横浜大空襲で再び街は焼け野原となりました。

. 観光地への変貌(戦後〜現代)

  • 1955年:初代「牌楼(ぱいろう)」の完成 戦後の復興期、街の入り口に立派な門が建てられ、名称も正式に「横浜中華街」と呼ばれるようになりました。

  • 日中国交正常化とグルメブーム 1972年の国交正常化を機に中国文化への関心が高まり、1980年代以降のグルメブームを経て、日本を代表する観光地へと成長しました。

  • 2004年:みなとみらい線の開通 「元町・中華街駅」ができたことでアクセスが飛躍的に向上し、年間約2,000万人以上が訪れる現在の姿になりました。現在、街には10基の「牌楼(門)」が建っていますが、これらは風水に基づいて配置されており、街を守る結界のような役割も果たしています。

    . 観光資源としての占い

    • 縁占館をはじめとした沢山の占い店 食べ歩きしながら中華街の雰囲気を楽しみ占いに興じるという横浜中華街定番のパターンにも欠かせなくなった占いのお店。ぜひ当店にも足を運んで頂けたら幸いです。

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